(Aug.8.1995)
コンピューターの普及の度合いは着実に広がってはいるものの,まだ一向に改善されていないのが,対人インターフェースの部分である。さすがに初期のコンピューターのように配線の変更を要求したりはしなくなったものの,使い易いと喧伝されているマウス操作でさえある程度の慣れが要求されるし,手書き文字認識の技術もまだ発展途上の段階であるから,文字入力にはやはりキーボードが不可欠な状態である。人間工学などの見地から各種のキーボードレイアウトが考案されてはいるが,アルファベットではQWERTY配列,日本語ではJIS配列‥‥といった具合にタイプライター時代のキー配列が未だに主流をなしているのも現実だ。金融機関のキャッシュディスペンサーのタッチパネル操作も,老人たちを戸惑わせるばかりだし,視覚に障碍を持つ者にとっては不便さを増すだけのものでしかない。
これから,ますますコンピューターを利用する場面や機会が増えていくだろうと予想されているのに,インターフェースが旧態依然としたもののままなのは,大きな問題だ。何よりも問題なのは,コンピューターと対面していることを意識させられるインターフェース構造そのものにあるのではないだろうか。
このインターフェースの重要性を現している実例として,たとえばデジタルブックの例が挙げられるだろう。デジタルブックとは,フロッピーディスクに記録した「書籍」を液晶の付いた携帯端末で読むというシステムである。しかし,これはほとんど普及していない。もちろん,価格が高いというのもあるが,それ以上に紙メディアの文庫本を上回るインターフェースを備えることができなかったから‥‥というのが大きな理由の1つとなっていると思われる。デジタルブックには「しおり機能」はついていても,気がついたことをそのページに書き込むことはできないし,マーカーで重要な部分に色をつけることもできない。まして,ぱっと開いたページから斜め読みしようと思ったところで,それは容易なことではない。デジタルブックの誇る検索性は辞書や事典であれば活きてくるのだろうが,残念なことにフロッピーディスクの容量の制約を受けるデジタルブックではそこまで多くの情報を扱うことはできないのだ。結局のところ,この商品は,技術先行でインターフェースや実用性を無視して作りあげてしまったためにできあがった失敗作の1つである。
現在,「マルチメディア」という合い言葉のもと,「マルチメディア」パソコンや携帯情報端末(PDA),ビデオ・オン・デマンド(VOD),情報スーパーハイウェー構想,インターネットなどが注目を浴びている。だが,一歩間違えれば,これも1980年代前半の「ニューメディア」の失敗のように人々の記憶から消え去ってしまうか,あるいは悪印象だけを残してしまうかも知れない。技術面だけが先行し,利用者の視点が顧みられなければ,マルチメディアはニューメディアと同じように,普及することなく挫折してしまうだろう。
さて,情報化時代のもう一つの重要なキーワードは機密保持(セキュリティー)である。金銭の絡む取引情報や信用情報がコンピューター上で決済されるようになると,その通信の機密をいかにして保つかが問題となってくる。こうした情報は第三者に漏れてしまうと,悪用されてしまう危険性が非常に高い。しかし,ネットワーク社会が広がるにつれ,企業内ネットワークのように閉じたものだけでなく,インターネットのような機密保持機能が脆弱な「開かれた」ネットワークにおいてもこうした情報を流さなければならなくなってきている。したがって,暗号化技術を確立しなければならないのだが,アメリカの開発したインターネット上の暗号化技術は安全保障上の理由から国外への輸出が禁じられてしまっている。また,同じくアメリカ提案のクリッパーチップという暗号化チップは,米国政府のみが通信を自由に解読できるような仕組みが設けられていた。しかし,これでは厳密な意味で通信の秘密を保っているとは到底言えないだろう。最初から覗き穴の付いた壁を作るようなものだからだ。
テクノロジーは常にそれを受け入れる社会体制の進歩と歩調を合わせていかなければ,受け入れられないことを,我々は忘れてはならない。
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